2014年10月24日 (金)

罪と罰・・・まずは体力と精神力

私が好きなチャンネル N24 と ntvは頭文字(N)が示すようにニュースを中心にしている。世界に大きな事件や変動があれば、その件に関して様々な角度から報道する。日本の福島の時など何週間も続いた・・・派遣員のライブ報をはさんで、道物理学・地質学・行政、セキュリティ、、各方面の知識人のディスカッションは、ドイツ国内だけでなくフランスやアメリカに舞台を移して24時間報道だった。

アクチュアルな世界的事件が無い時はドキュメンタリやレポートで埋め尽くされる。私は中でも宇宙や地球科学、世界の刑務所レポート、犯罪・医学捜査をよく見ている。この分野はアメリカのドキュメンタリーの独壇場だ。

例えばドイツのドキュメンタリー場合、説明がしつこくて映像が少ない。その分きっちり分かるけど、映像でガンガン迫ってくるアメリカのもののインパクトには負ける。結局米の映画産業の基盤と規模の差、巨大産業は視聴者分析も深い。見たくなる作りこみ、素人に分からせるコツを十分理解した上で制作されている。

こないだ米ルイジアナの刑務所のドキュメントを放映していた。ここは米各所の刑務所から、再犯を重ねて「終身刑」の犯罪者のみを集めた刑務所だ。つまり、刑期を終えることなどなく、死んでも刑務所運営の墓地行きとなる。

そこに一生を預けることになった囚人になぜそうなったのか、犯行経緯とその後如何にして「終身刑」を受け入れているか、心の構えをインタビューしている。5000人以上収監する巨大な建造物と敷地、他のあらゆる種類の極悪非道な犯罪者たちと共同生活する戦々恐々の日々。

ルイジアナ収監所は独房棟と大部屋が分離している。独房の方には「殺さずにはいられない」反社会性パーソナリティ障害系統の囚人が居て、狭い独房で一生を送る。大部屋集団の一人は「最初大部屋は嫌だと思ったが、独房棟はすえた汗の匂いや、異臭がして行きたくない」と言う。大部屋にはベッドが1mも無い感覚で何十人分も並び、私物品収納ボックス一つがベッド脇にあるのみ。

大部屋集団の日常は、日中8時間以上農地で働く。昔奴隷が働かされていたことを踏襲するもので、時間給が数セントで1か月働いてもタバコ代程度らしい。1日3食、食費1ドルと何セントの予算だそうだ。囚人に言わせれば「外だと捨てるようなもの」だという。しかし、実刑160年とか喰らった囚人が文句言うな!とも思う。

このドキュメンタリの後には「ロシアの監獄」報道が続いた。冬場零下40度にもなるような土地で百倍超怖い。生きる条件も充足していないように見える。私だったらすぐ死ぬね。悲惨なトイレとシャワーなど、それだけでも死んだ方が幸せだと思う。なぜ囚人に清掃させないんだろ・・・・アメリカの監獄の方では、数多い囚人の中に潔癖症も居て、かなり自由に館内を掃除している姿がある。あぁ・・・こんなの書きだしたら止まらない。

いずれにしても、まず体力と精神力の点で私は絶対犯罪者にはなれない。

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2012年1月31日 (火)

マーク・ベーネッケ 悪の暗室から

マーク・ベーネッケ氏は若い法科学者として世界的に有名。

彼の本が面白いので、巻頭だけ訳してみた!

430pもあるから片手間には訳せない・・・・誰か日本語出版しないかな?

はじめに

何という間違いが起こるのだろうか。「殺人の痕跡Mordspueren」、「殺人方法Mordmethoden」、そして「犯罪科学捜査So arbeitet die modern Kriminalbiologie」の3巻を書き下ろした後、出版社にもうこれ以上のテーマを扱うことはないと私は宣言した。魅力溢れる編集担当が送ってくれたディナー招待券やリンゴ酒にも決意は変わらなかった。

それなのに・・・事情の変化はこういうことだった。

山のような書類を積んだ私の妻が居た。内容が何の件であるかを私は周知している。それはコロンビアの連続殺人犯ルイス・アルフレド・ガラヴィトの件で、300人以上の少年を虐待・殺害した男の書類だった。日常極めて穏やか、寧ろ女性っぽい表の顔していながら残虐な犯行に及んだ男として記憶に刻まれている。私が接見したとき、出されたコーヒーカップを彼は必ず交換した。彼のカップを私が、私のカップを彼が取る。毒が入っているかもしれないという理由である。

私が実際に毒入りコーヒーで死んだとしても彼にはどうでも良いことだ。私は他人の感情を一切理解しない、そんな人間を知ることになった。そうそう、お別れに彼からもらったのは聖書だった。そこには「神は私を理解するが、人間は私を理解しない」と献呈の辞が書かれていて、私はある意味的を射ていると思った。

リディアは私に「あなた気付いた?」と聞いた。「書類の中に面白いテストがあったわね。あなたがコロンビアの接見で実施したものだけど。」

そうだったろうか、私はもう覚えていない。それよりも刑務所の前に何時間も座り込み、足が焼けただれてしまったことを思い出す。世界の役立たずサンダルに檄っ!足裏の火傷は通訳のせいだった。彼女はその日の午前中、私抜きで監獄でのテストを実施した。なぜならこの日はよりによって「女性の日」、女性だけが面会を許されたのだ。私は予め絶対手の内を読まれないよう注意を促しておいた。そんなこんなで結局8時間、20本のレモナードに溺れながら通訳の帰りを待った。そして、さんざん待たせたあげく戻ってきた彼女は「すごく面白い話しが聞けた。」「早く切り上げるなんてもったいないでしょ。」と上機嫌だったことを思い出す。

絵図テストは適当に私が選んだものだ。穏やかそうな人物がこれほど凶悪な犯行に及ぶ理由が分からず、僅かでも理解の端緒を掴む必要があった。犯行に替えて自から収容施設に赴くとか、橋から飛び込み自殺をするとか選択できなかったのだろうか。ガルヴィトは攫ってきた子供たちを縛り上げ、一人の子の頭を生きたまま切断する場を見せつける。彼の脳の中身はなぜこうも異常なのか。しかも刑務所にあっても偽名を使って発覚することもなく、あやうく釈放されるところだった。裁判においても予防拘禁付終身刑ではなく25年から40年の求刑をせざるを得なかった理由は何だろう。また地元の司祭が、洗礼でガラヴィトが回心できると信じ込んだ根拠は何だろうか。

大学で私は心理学を選択履修した。しかし心底から生物科学に傾倒していた学生には、神経と感覚細胞の入り組んだ心のソフトウェアには関心が薄かった。しかし本件のような連続殺人犯の動機は、私のやり方では手がかりすら見つけることができないのだ。要するに当時の私はガラヴィト事件に煮詰まり、皆目進むことができなくなった。そこで思考回路の極めて単純な私は、いろいろ試してみることにようと多数の心理テスト(簡単な絵図を中心に)を詰め込んだ。テストを通してガラヴィトと話すきっかけになるかと期待したのだ。そして許可された接見日が女性の日だった・・残念至極である。レモナードでふやけた脳、刑務所に消えた通訳の消息を心配したあまり、せっかくのテスト査定に取りかかる意欲を喪失してしまった。

妻リディアは「ほんとおかしい」と額に皺を寄せて云った。「この種の犯罪者について心理面から分析アセスメントできるってあなた考えなかったの?自然科学者の唱える予見可能性と実証可能性が同じように当てはまるって」

そんなこと私は思いつかなかった。精子や血液、ドラッグ、虫などを採集し、秩序正しく標記する者として、誰かの台無し人生に考えを馳せることがなかったのだ。これは考えを変える必要があった。

私達はそこから新聞雑誌の記事を漁り、過去のケースで失われてしまった環鎖(ミッシングリンク)の回復を、犯罪心理の記述でつなげる試みに着手した。そのうちそれが大変面白くなり、幾つかの講演内容まで書き変えることになった。結果、被害者や加害者、その親類縁者や情報筋からこれまでと違う質問が多く寄せられるようになったのだ。それはもう衝撃的だった。近代法医学の範疇には犯罪経過に関する研究がほとんど見当たらないからだ。

こういった背景の下、私はここに幾つか過激な事件を取り上げることにした。本の中で精神分析の記述はリディアによるもので、その他は私が書いている。文章のスタイルが多少異なるのは寧ろ意図したことである。例えば、私たちがクライアントと話すときに、各自重点項目や視点が異なるように、しかし一つのチームとして全体像把握に纏め上げる。そのため意見のすり合わせや参考詳細などは欄外に付記することにした。読者は本文の流れに沿って、参考情報の小花やハーブを見つけて頂けると思う。

この本の執筆はとりわけ難しく随分推敲を重ねることになった。ロマンチックな夜伽のようにはいかない。。。扱うテーマが凶悪事件の最凶悪犯であるなら尚更である。その代りといっては何だが、2つの点でメリットがあった。一つは、犯行に対する怒りが解消した。つまり、私の物差しでは本来あってはならない行為が、今ならなぜ・如何にしてそうなったのかという理解につながった。そのような洞察は嬉しいことにはならないのだが。生粋ケルンの人の箴言「事実を事実として見る目を持つ Et is,wie et is」ということ。更に言うと、理解できるということは、変えることも多分できるのではないか、暗室での悪の発芽に有効かもしれないのだ。

2つ目のメリットは私たちの犯罪学出版シリーズに新しい観点からの本が加わったこと、このような切り口の本を紹介しているところはない。もし妻が私を心理学学会や拘泥する公判に引っ張っていかなかったら、更に新たな研究テーマを過去から掘り出してくれなかったら、ジーグムンド・フロイトは有史前のことと見ていた。私自身が想定しなかった扉を開くことになったのだ。

これを機に公開講演に参加していただいた聴衆にも感謝の意を表したい。皆様の質問・要望を通して、「一般に周知」されているケースとして看過していいのかどうか、私に考えを巡らす機会を与えてくださった。成果の一つは、リディアがここに紹介している「犯罪者心理の積み木箱」がある。

このようにして犯罪ケース集がここに誕生した。緊張感溢れる読み物となっただけでなく、該当者や我々の人生も変わるかもしれない。ケースにおける技術的詳細に関心ある方は、無料で宣伝無しの「benecke.com」にアクセスしていただきたい。そこで登録や面倒な操作なく特殊ケースの記事を閲覧できる。まぁそんなことは置いといて、いずれにしても極めて面白い本をご提供できたと思う。

では、ごゆっくりお楽しみください。

マーク・ベーネッケ

20115月 ケルンにて

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2011年8月16日 (火)

ドイツの少年犯罪 その3

どのような代替案があるのか。

有意義な代替策として犯罪学者クロイツァー氏は、元ボクサーのカネンベルグ氏が運営する「更生キャンプ」を挙げている。CDU政権はこの仕組みを連邦全土に推進したい意向を示している。カネンベルグ氏の「腹の底から」編み出したコンセプトでは秩序と鍛錬に加えて「温かみ、慈しみ、安らぎ」を青少年に伝えることに重点を置いている。但し、更生キャンプに参加した少年の再犯率が20%程度とのことだが、真相は明らかではない。

次にCDU政権が新たな対策と銘打つ「警告的拘留」は、既に多くの連邦参議院議員が提案してきた代替策であり、現在国会レベルで凍結されているに過ぎない。警告的拘留の意義は、執行猶予付き判決が事実上制裁の免除であるため、短期間の拘留を課して「事の重大性」を知らしめるところにある。ネックは、この種の処罰を受ける青少年たちは、初犯ではなく既に拘留措置を経験している者が多くを占め、ある程度慣れがある。また、少年刑務所の収容度合いから判決後数カ月も間を置いて執行されるため「警告効果」が半減してしまうと検事長フランク氏はコメントしている。

少年訴訟手続きの迅速化については各方面一致して積極的である。例えば15歳の少年が判決まで何カ月も待つ場合、犯した罪に対する刑罰を実感するとは考えにくい。逮捕までに彼の非行歴が何年にも及んでいる可能性も高い。ハンブルグの拘留期間は起訴から判決まで最短で3ヶ月半、更に警察及び検察の事情で伸びることも多い。手続き迅速化の提唱自体は新しいものではなく、どうも現実的でないということのようだ。ただ過激な暴力犯については、特別班を設置して起訴までの時間短縮を図る努力がなされている。ケルンの成功例を見ると、事件発生から判決まで平均100日を切る。9月末に強盗で逮捕されると年末には判決が下りる。裁判官会議議長は「望むべき姿であるが経費がかかる。」と言う。即ち、裁判所の手続き以前に、警察検察の人員増強や改変を前提とするからである。

 

教育は犯罪から身を守る

もしドイツの教育レベルが向上したら、年間416人の傷害致死を回避することができる。2009年夏、58000人がハウプトシューレの卒業資格さえ取得せずに学校を去った。

フランクフルト大学エントルフ教授は、2010年発表の調査の中で「もし、無資格卒業の数が半減したら、年間416人の死者と、13500件の強盗被害及び32万件の窃盗被害を回避することができる。発生する年間コストも概算15億ユーロの削減となる」としている。ドイツの刑務所で中等義務教育資格の無い受刑者はおよそ15%を占め、その中で暴力犯の割合は2割に上る。受刑者グループ1771人と監察下の少年グループ1193人を犯罪学的に比較した結果、中等義務教育資格の欠如と犯罪歴に相関が認められること、また資格欠如を通して犯罪率がおよそ10%高いことが浮き彫りになった。

 

不十分な教育のツケ

教育と犯罪率の関係はまた、家族内の縁者における犯罪率にもネガティブに影響し、更に両親の離婚とも相関が窺われる。

2009年、ドイツの経済成長の低迷を理由に教育財政が縮小したが、これが将来に80年に亘って悪影響を及ぼし、28兆ユーロの損失になるとの報告がなされた。

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2011年8月14日 (日)

ドイツの少年犯罪 その2

少年の過激な暴力犯罪はどれほどあるのか?

犯罪学者によると70年代80年代、そして2000年までの膨大な検挙総数に対して、過激な暴力(犯罪)は、極めて少ない。過激な暴力犯罪(青少年)については、全ての時代を通して都会に住む男性(少年)という点で共通する。調査では連邦ワイドで3000人以上の過激暴力犯が確認され、暴力犯総数の10%弱に相当する。この過激暴力犯の多くは、最初の暴力事件を8歳~9歳で起こしており、そこから犯罪歴を重ねていく。ミュンヘン地下鉄構内で発生した傷害致死事件は記憶に新しく「止めることができなかったのか。」という議論が白熱した。これをきっかけにベルリンの検察庁は「1年間に10件以上事件を起こした少年暴力犯が495人、うち80%が移住家系」とのデータを公開している。

 

少年法の制裁とはどのようなものか?

少年刑法は刑事罰に替えて更生教育の色濃い内容となっている。理由の一つは、若年の場合では罪悪感の欠如するケースが多い、二つに人格形成にまだ改善の余地があるという点が挙げられる。ドイツの少年裁判所法(JGG)は,制裁、セラピー、被害との衡量を基本とし、3段階の措置が採られる。まず教育的訓戒、公共の福祉労働、そして短期の保護拘留である。これに並行して最後に、JGGでは犯罪の重大さと悪質な再犯の可能性を考慮して10年未満の禁固刑を採用している。また外国人少年に対する特別措置は、3年以上の罪に対し本国送還措置を採る。

 

厳罰化は何を齎すか?

現在キリスト教民主同盟(CDU)は少年法における最高刑期を10年から15年に引き上げることを提案している。専門家筋は象徴的効果に過ぎないと異口同音に反対を唱える。最高刑に該当する少年の罪状は「殺人」であり、全国レベルで年間1ダース程度に留まる。

犯罪学者のファイファー氏やフランク裁判官は「ナンセンスだ」「この種の犯罪は、刑期が長いからといって止まるものではない」と断言する。釈放後の再犯率は刑期の長い少年犯罪者の場合80%に上る。1998年の刑法大改正において、一部危険な暴力的犯罪の量刑を倍加したが、その後の統計を見ると当該犯罪件数が急増している。

最高刑期の5年引き上げ案は、CDU政権が唱える刑期満了後の予防拘禁の導入の考えも併せて、メディアがセンセーショナルに取り上げる一部の残虐な事件に対する政治的な意図が見受けられる。

18歳~21歳という大人への過渡期にある青年には、成人に対する刑法を適用すべきとの声が高く、現状では裁判官に適用裁量権が留保されている。例を挙げると、20歳で父親でもあるミュンヘンの青年が連続殺人を犯した事例では成人刑法が適用された。全国レベルで見ると北部は南部より少年刑法適用を優先している。北部ハンブルグの裁判官によれば18歳~21歳の犯罪に対し86.8%(2006年)を少年法枠で結審している。

続く

 

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2011年8月 9日 (火)

ドイツの少年犯罪

ドイツの若者たち          

ある16歳の少年が1年間に犯した犯罪は窃盗、強盗、詐欺など合計458件に上る。また8歳~15歳の兄弟姉妹が共謀して分かるだけでも620件の軽犯罪を犯した;ノルトライン・ウェストファレン州のヒルシュ内務相は197712月に少年犯罪報告書を提出している。今から30年以上も前のことである。ドイツでは30年前もそれ以降も、何代もの政権世代を通して新たな青少年に起因する脅威が議論になる。そしてその都度、提起される問題の本質を見極めて行かねばならないのである。

最近「若年外国人の犯罪が余りにも多すぎる」として、少年犯罪論議の口火を切ったのはヘッセン州コッホ首相であった。その時点で少年犯罪の増加を看過できない様相を呈していたからだ。

青少年犯罪は増えているのか?

この問いに明確な答えを出すことは難しい。

201010月、連邦と州の協力で「青少年暴力犯罪(傷害事件)の推移と分析」と題する27ページのスタディが作成され、本紙ZEITがこれを発表した;

統計では2006年における傷害等暴力犯罪の検挙数は215641件となり、1996年比15.6%増、暴力の度合いが年々過激になってきていることが指摘された。事件総数のうち43.4%は21歳未満の少年が加害者である。21歳未満の人口に占める割合は8.1%に過ぎないこと、また21歳未満が容疑者(未決)となった事件がおよそ9万件で全体の25.8%に上ることに留意しなければならない。

犯行現場は主に公共の場所(街路)であり、被害者は同年代であることが多い。いずれにしても行きずりの犯行である。すれ違いざまに足蹴り、刃物で刺すなど、日常のフラスト解消、ストレス発散気分で犯行を犯す。「眼つけたな」「なんで見るんや」といった言いがかりがまかり通る。専門家は「暴力を自己表現の一つと見做し、娯楽や潰しに通じるものらしい」と述べている。

しかし「少年犯罪が増加傾向を示す」とする断定的結論を出すことはできない。統計上の犯罪数は犯罪学的分析からすると「告発・告訴する被害者の増加」に比例し、昔と近年では告発状況が変化してきている。

そこで外国の状況はどうか?:犯罪統計を国際比較でみると、おしなべて同じ傾向を示している:即ち、国際比較を通して国内議論を相対視・客観視することができる。暴力事件の増加や告発・告訴数の増加という双方の傾向は欧州圏を通して顕著であり、その中でドイツの犯罪数増加率は寧ろ低いのである。

外国人青少年犯罪はドイツ人に比べて多い?

その答えは明確である。対象少年層に占める外国人数は1/10であるにも関わらず、対象少年犯罪の5人に1人(21.9%)が外国人、要するにドイツ国民の身分証明を持たない。但し、外国人少年の犯罪率は過去に比べると暫減傾向を示している。例えば、1997年における外国人少年の暴力事件は30%近くを占めていた。とりわけコッホ首相の出身地であるヘッセン州は、10年前の外国人青少年犯罪で全国ワースト・ワンであったが、現在はベルリンやブレーメンがこれを上回る。暴力的外国人少年の家庭では、躾が体罰で行われているのが一般的である。専門家の見解は、このようなマッチョ・カルチャーが一素因となり、体罰で育った子供は後に自ら暴力をふるいがちであると説明している。

続く

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2011年3月 8日 (火)

あまりの違いに日々驚き

刑務所事情を調べ出して1ヶ月。最初は刑務所の学校制度に関心があったのに、職業訓練もものすごく違うことが分かり、どこから手を付けていいか分からないのが本音。

ドイツには185の刑務所があり、78000人ほどの受刑者が収監されている。被収容者の数など日ごとに違うので大体のことしか言えないけれど、人口比にすると日本の受刑者数の方が少し少ないこと、大きな違いは、ドイツでは死刑になるということが無いということ。

今日も驚きがあった。バイエルン州では12000人ほどの受刑者を収容しているが、刑務所職員と施設内で従事する医師や教師、ソーシャルワーカーなどの要員が、なんと5400人。受刑者2.5人に1人の割である。そう言えばベルリンのテーゲル刑務所も同じような割合だったと気付く。それに加えて刑務所に研修する見習い職員も一定期間を置いて100人単位で入れ替わる。

開放刑務所が185か所のうち16か所あり、日中ここは自由に出入りできる。自分の監房から出るときだけ、外からカギをかける。受刑者が自分用の鍵で施錠するのだが、外からしかかけられず、部屋の中からはかけられない。軽減措置で開法刑務所に来た囚人は、週末実家で過ごしたり、ウィークデイは外部の会社で仕事をして、夜には刑務所に戻る。あるいは外の大学で勉強する者もいる。

そんな刑務所の在り方は、社会復帰を更生とする行刑法に支えられているのだが。。。頭が変になるくらい驚きの連続。大学で自分が刑法のゼミをとったことが嘘のようだ。多分何も考えていなかった学生時代。言われたまんま、聞いたまんまの4年間。このままじゃ終われない・・・

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2011年2月20日 (日)

刑務所の受刑者学生 その4

ヴュルツブルグ刑務所では過去20年に亘って囚人学生が学んでいる。火曜日の夜は特別で、家族や友人だけでなくヴュルツブルグ大学の学生が訪ねて来る。カトリック系大学の有志によって20年以上前から続いている「刑務所イニシャチブ」と呼ばれるプロジェクトだ。

学生たちは規則通りに刑務所前に集合する。カタリーナ、マリーナ、エヴァとララ、4人の女子学生は社会学教師のブリギッテ・ノイバウアー先生を待つ。刑務所には外門から数えて7つの扉を抜けなければならない。一つ扉が閉まると次の扉が開く仕組みである。グレーの壁、グレーの廊下、「最初は後ろの扉が閉まるのに変な抵抗感があった。今は、また開いて外に出られる安心感がある。当初より圧迫感が薄らいだが、鉄格子にも違和感があるし、私はここに入りたくないと思う」と学生たちは言う。

二十歳そこそこの4人の女学生たちは教育学を専攻している。暇つぶしや怖いもの見たさで刑務所訪問に来たわけではない。一人の囚人の出所が決まり、彼女たちとの接見が最後になるということで、お別れとお祝いを兼ねてコーヒーとケーキを持ってきた。「私たち、彼らがここに舞い戻ってこないことを祈っています」ということだ。

今晩は2グループに分けられた15人の男性囚人たちと1時間半ほど過ごすことになっている。彼女たちは、囚人たちが自分のことを躊躇なく話してくれるので毎回課題が提起されて生産的であること。また、不愉快なことや退屈したことなどは一度も無いという。囚人たちが待機する部屋には大きなテーブルの周りにイスが並び、ガラス張りの壁で外部から見えるようになっている。学生は囚人たちとここで談話するだけでなく、工作やゲームをすることもある。監視員はガラスの外から内部の様子をコントロールするだけだ。

今日のために用意したゲームを例に挙げると「一人が精神科医として、皆が抱える精神的問題を探り出す」とララが説明してくれた。

囚人たちの中にはコーヒーカップを触ったり、刺青の腕を掻いている者が一部居るが、殆ど一斉にゲームに臨む。彼らの過去は暴行や強姦などの暴力犯では無いものの、銀行強盗や窃盗で最高6年までの禁固刑を受けた囚人たちだ。刑務所長のロベルト・ハッタ―氏は若い女子学生たちとの交流が彼らにいい影響を与えると言う。「彼女たちは刑務所官吏と違う視点で彼らと接するのがいい。一つの物事について違った観点でオープンに会話が進んでいる。女子学生の中には外で犯罪者とのネガティブな経験もあり、被害者側に立った見方を伝えることができる。」

ノイバウアー先生は囚人との交流にまつわるセキュリティについて語る。まず規則に則った取決めがあり、学生たちは納得して署名する。とりあえず囚人には何も渡してはならない。手紙や情報、電話することも厳禁である。調味料でも事前に提出し、必要になった時点で振りかける。刑務所で渡されるものに限定して、小さいナイフを使うことが許される。

男性の受刑者を収容する刑務所では、本来月に12時間だけ特定の女性と顔を合わせることができ、母親、姉妹、恋人など限られた範囲に留まる。エヴァは「私たちは例外的な女性友達だから、囚人たちは境界線を見失い、電話番号を尋ねたりするので、そういう場合は注意している。」という。

囚人にとって毎週の交流会はJVA(刑務所)生活に色を添える。一人の囚人は「今日で2回目の参加。外の人と話しをして、世間に何が起こっているかを知る。ここに数カ月も居ると監獄のことは全部分かってしまうから、気分転換にとても良い。クリスマスは楽しかった。皆でステーキを焼きクロケットを作り、ちゃんとした食事をした。」と思いを馳せる。

学生たちは20年以上、何代にも亘って囚人交流会を続けている。学生の目的は職業上貴重な経験になるからである。「私は今後、心療内科を専攻したいと思っている。犯罪者の心理的な動きを知ることは非常に興味深いだけでなく、刑務所関係の職業も視野に入れている。私の友達仲間も当時、犯罪に染まっていたし。そういう仕事が来たらクールだと思う」ということである。

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2011年2月15日 (火)

このままでいいはずが無い

ドイツの刑務所で学ぶ囚人学生に関心をもって1週間以上になる。インターネットで囚人ネットと称するブログを見つけて、私は人生観が変わった気がする。

ありとあらゆることが私の常識を覆す・・・日本はこのままでいいのかぃ?

ミュンスター刑務所教育センターは38年間の歴史を持ち、ノルトライン・ウェストファレン州内のある刑務所から応募してくる「勉強したい受刑者」を集めて勉強させている。これまで1500人の生徒が資格取得して巣立っていった。ドイツの刑務所法は「作業労働」と「学習教育」が刑務所生活では同等の重みを持っている。

一部ブログにアップした囚人大学生のケースは特別だが、他のコースを見るともっと驚く。まず初等・中等学校教育があり、高等学校教育がある。それ以前に非識字者のアルファベット教育があり、勉強したい犯罪者への門戸が広~いのだ。あらゆる角度からセーフティ・ネットが張り巡らされている。但し、危険な暴力・強姦犯罪者は頭から棄却されて・・・まぁ、仕方が無いと思うわな。

勉強する者が、いい成績をとると所内お小遣いが増える。コーヒーを買ったり、電話したりするお小遣いの幅が広がるのだ。考えられる?!彼らの監房だって日本と全然違って「個人所有物」、例えばポスターや小物を飾ったり、花を置いたり・・トイレはドアの外部から隠れるようにしつらえてあるし、一人ひとりの居城なのだ。

犯罪を犯す人間は、もともとすさんだ生活環境に育った者が多い。長い刑期中に、悪い仲間の輪が広がる危険性の方が高い。冷たい監房で閉じこもるだけでは、すさんだ気持ちの更生効果が少ないだろう。。。

日本では作業場に行くにも軍隊形式で行進するらしい。どこの刑務所でもそうなのかねぇ。去年だったか死刑廃止が決まったらしいけど、現状では過剰に法や制度の威厳や威信を固辞する体制は変わって無いよね。恐いところ、でなければいけないわけだから情報公開も極めて閉鎖的だし。。。

ドイツだけがオープンなのではなく、スペインだって、他の国だって受刑者の社会復帰を最重要事項として刑務所運営が行われている。いちいちビックリするのは私だけ?

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2011年2月 6日 (日)

刑務所の受刑者学生 その3

パスカルに戻すと、ヨッヘンのように肩の荷が下りた状況は夢のような話である。フライブルグ刑務所では通常2人で監房をシェアする。12平米の部屋に満足しなければならないこと、大学生として学ぶことも一方ではプレッシャーになる。現在13ゼメスター目に入り、本来なら勉学のための独房が与えられるのだが、思い通りに運ばなかったという。彼は若く見え、神経質そうだ。大学で勉強するためにフライブルグに移管送致してもらったものの、学業修了前に移送される可能性が出て来た;なぜなのか、それに対する説明に口を閉ざす。パスカルは「本来なら、ここに残って最後まで勉強を続けたい。その後、新しい人生をスタートしたい。」「刑務所での学習が、個人的、人間的に成長させてくれた。」と言うのだが。

ベルリン・テーゲル刑務所の囚人学生ヴェルナーは緩和刑務措置となり、フライブルグのパスカルやヨッヘンに比べると優遇されている。10名の囚人学生のうち、5名がフルタイム学業、他の5名は選択科目を限定して学び、余暇を楽しむ余裕がある。ヴェルナーは「僕の場合は緩和措置が採られているので、フンボルト大学に出向いて施設を利用させてもらっている。」とのことだ。ただ、講義の無い週末しか行けないので受講できないのが残念だと言う。彼は、学位を取得して、いつか博士課程に進みたいと夢を語る。刑期を終えた元囚人の就職は、ただでさえ難しい労働市場で困難が待ち受けているのに「それでもアカデミックな資格があれば、将来の展望は、資格がないよりましだ。」と楽観的だ。

刑務所における学習は社会復帰のための一助となることは間違いない。元囚人学生から、社会に復帰後のポジティブな報告「私の人生はもう大丈夫だ」と書かれた中国からの絵葉書をシュプレー館長は自慢げに見せる。絵葉書の本人は、中国人でフライブルグで学業を修了した後に中国に送還され、すぐに職を見つけたという。もちろん、ドイツ人にもこれに類似した例は多く、企業研修に行った先で就職が決まることもある。中でも情報学専攻の囚人学生は職を見つけやすいようだ。「教育対策は再犯率を下げる。統計的な裏付けがある」とレッシュ理事長は擁護する。シュプレー館長によれば「教育にはオンライン学習が重要。教授や一般学生とリアルタイムでコンタクトが採れること、課題実践が可能なこと」が挙げられる。試験についても、オンラインによって長距離移動のストレスが回避できるため、平均点が上がっている。

フライブルグ刑務所首脳陣やJVAレッシュ理事長は共に、オンラインの濫用は殆ど無いという。学生間での相互管理が機能するとともに、学習できるチャンスを逃したくないという気合いがブレーキとなっている。現実的にはハーゲン通信大学のサイトにアクセスしても、そこからのインターネット・アクセスは制限付きであることは言うまでも無い。また定期的にコンピュータ利用状況のコントロールが入る。メール毎、あるいはニュース・グループとの交信はAdminにコピー送信されている。

囚人学生ヨッヘンは外部の学生と間接的コンタクトを持つが、あくまでも専攻科目ベースのやり取りである。相手の学生はヨッヘンが囚人学生であることを知る由も無い。ヨッヘンは「話したくないことだから」と付け加えた。

終わり

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2011年2月 5日 (土)

刑務所の受刑者大学生 その2

JVA(刑務所)レッシュ理事長によれば、Abitur(大学進学資格)Fachhochschulreife(専門大学進学資格)を持つ囚人は数少ない。それゆえ、長い拘留期間中に中学高校や職業学校課程を一から始めて修了したとしても、更に次の段階の前提条件としての効果は薄い。但し、「最大の目標は、始めたことをやり遂げることだ」とレッシュ理事長は強調する。このやり遂げる意思が、新たなチャンスと自信を齎す。35歳のヨッヘンは、学生になると決めた頃を振り返る。1.90mの長身が椅子にゆったり座り、忍耐強くインタビューに答えてくれた。一つだけ「なぜ刑務所に入ったのか」については語らない。他の囚人仲間に知られるとまずいことになりかねないのだ。長期拘留の彼は、刑務所内で何が起こるか熟知している。囚人学生という特別な立場も影響する。他の囚人の殆どが所管の作業所で働く間、彼は監房に居るかコンピュータ・ルームで学んでいる。やっかみの標的になるのは致し方ない。

ヨッヘンは刑務所生活をどうしても意義あるものにしたかった。29歳だった彼は情報学を専攻し、刑期満了を目前にして大事な試験を控えている。彼はそれ故、今までより広く、試験準備のためにPCが備え付けられた別棟の独房に移されている。通常の監房より生活感のある空間にはJAVA,PHPなど情報学関係の本がずらっと並び、部屋の端を結ぶロープにはシャツやズボンなど洗濯物が掛けられている。出所して学業が何かに役立つかどうか「何が来るか待つしかない」と彼は懐疑的だ。最善のケースは、もちろん情報系の仕事ができればと思っている。結果はどうあれ、獄中では少なくとも「一つのことに結論を出す、日々、ある種の確たる目的意識をもって過ごす」ことを学んだと言う。

続く

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